Myライフ・ビジョン

 

〜私が「自己との信頼」に出会うまで〜

 

 

「からだが導いてくれたこと」(後編)

 

 

 

●嵐の後・・・そして朝

 

真夜中、突然の嵐のように襲ってきた頭痛、ぐったりといつしか眠りについた私。

 

そして朝。「うそ・・・。」としか言いようが無い。薬を飲まずに、しかも3時間

ちょっとの睡眠で、こんなにスッキリしてるなんて。「信じられない!」いやいや、

信じるも何も、わが身に起こった事なので、まったくもって“事実”なのだ・・・。

 

 

●頭痛よさようなら

 

しかし、この頭痛が、約20年間の超ロングラン『頭痛持ち生活』のピリオドで

あったと認識したのは、だいぶ後の事でした。

 

そして、ヒーリングをはじめてから、半年以上たった頃、ふと、

「あら?最近、頭痛がないわ??」と気がついたのでした。

 

しかも、なんと!改善されたのは頭痛だけではありませんでした。その頃は夏でも

長袖を着ていたほどの冷え性で、汗などもかきにくいタイプだった私が、よく汗を

かくようになったり、手がいつもあかぎれ状態で、特に指の関節の辺りの皮膚は

ボロボロでしたが、いつの間にかきれいになっていました。それから、鼻血も出や

すくて困っていましたが、これも改善されてしまったのです。

 

薬類も、殆ど飲まなくなりました。飲む機会も減った、とも言えますし、この様な

体験を通して、私自身がとても大きな確信を得たのです。

 

「人間には、計り知れない凄い力がある。肉体の声を聞き、感じたままに素直 

に動いていけば、ちゃんといい状態へと導く力を持っている。」と。

 

なーんて、正直に言うと、その当時はこんな、まとまったセリフにはなっていませ

んでした。その当時は確か、、、

「キャー!すごーい!!ヒーリングってすごーい!これが自然治癒力ってやつ

か〜!みんなにも教えたーい!!!」ってなぐらいでしたかね〜。(^^;)

 

いずれにしても、この体験が私を『より深いヒーリングの世界』へと誘ったことは

事実です。実際に私自身の体質改善を通して“自然治癒力”というものを実感してし

まったわけですから。

そして実はもう一つ、ヒーリングの最中に痛みが治まらなかった事も、後に私

を大きな気付きへと導く事になったのです。

 

 

●痛みの導き

 

当時は、頭痛中にヒーリングをしていても、眠くなったり、気持ちよくなることはあ

っても、そう簡単に痛みが引くことは無く、ハッキリいって、

「何故痛みは取れないの?!いちばん要らないのは痛みなのに!!」そう思って

いました。その頃は「痛みが無くなればいい。痛みが無ければ楽になる。」と思ってい

たのです。でも、実際には、痛みが軽くなったかな?と思う事はあっても無くなること

はありませんでした。

 

しかし!それでも、結局は改善に向かった事実があります。

つまり、頭が痛いときに自分でヒーリングをすると、単に“楽”になったのではなく、

“痛み”はそのままに、しかし確実に根本的な何かの改善につながったのでした。

 

もしも、「一番いらないのは痛み。」という望みどおり、ヒーリングをしてピタリと痛み

が無くなったとしたら、どんなに楽だったでしょう。

しかし、それで本当に『根本的な改善』に繋がったでしょうか?

ややもすると、「また痛くなったら、ヒーリングすればいいや。」と、ただ、薬よりも副

作用が無いであろうヒーリングを選んでいるだけで、結局その場しのぎの『薬の代用』

としてしかヒーリングをみる事は出来なかったかもしれないのです。

 

まるで魔法でも使うかのように、とりあえず“痛みを取ってくれるヒーリング”に頼り、

感謝し、満足してしまっていたら、「私は何故、痛みを感じる必要があったのか?」

「何故こんなこと(癒しの作用)が起こるのか?」と自分の身体が感じている事や

私の内側にあった疑問、感覚に目を向ける事が出来ただろうか?

 

それどころか、なぜヒーリング(癒し)が起こるのか?と問われても、もしかしたら

答えを出す事は出来なかったかもしれません。

 

 

●確信

 

それともう一つ、痛みが治まりもしないのに、セルフヒーリングをし続けたことにも、

とても大きな意味があったようです。「何で楽にならないの?」と疑問を持ちつつも、

確かに私の中で「ヒーリングは必ずある!」そう感じていたのです。

 

ここでもしも、表面的な結果だけを見て「痛みが取れないなら、ヒーリングなんてや

っぱり気のせいで、インチキかも。」と不安になったり、色々と考えた末に、「こんな

の信じるなんてどうかしてる。」と当時周りの人達が私を心配して言ったように自分自

身の選択を否定し、その頃はまだ微細な“内なる声”をかき消していたら・・・、今

の私はいなかったのでしょう。

 

微細な内なる声・・・初めて私がヒーリングというものをしてもらった時の衝撃、感覚、

感動、気持ちよさ。体感したすべてが始めての体験で、言葉にもならない、説明がつか

ない、そんな体験。でもそれでも、私にとっては「これは絶対に何かある!」と身体ご

と感じた、私にとっての大切な大切な事実

プラス、私の中に紛れも無く湧き上がった、「人間って、こんな事もできるんだ!」とい

うワクワク感を伴った探究心と好奇心が導いたと言ってもいいかもしれません。

 

だからこそ毎日欠かさずに「私自身の為に」と、何の疑いも無く、セルフヒーリングを

続けていたのだと思います。

 

 

●自分への感謝の始まり

 

そしていつの間にか、一日に一回は「今日も一日ありがとう、お仕事も良くやったね、

今日もいい日だったね」と自分に感謝の気持ちを向けるようになりました。

 

ヒーリングに出会う前から(確か19歳ぐらい?)、誰から聞いたか覚えてないのですが、

夜寝る前に、ご先祖様、家族、思い浮かんだ人に向けて「きょうも一日ありがとう。」

と胸の中で唱えてから眠るのが私の中で習慣になっていました。(怪しまれそうな気がし

てあんまり人には言えなかったけど・・・^^;)ヒーリングに出会ってからは、そこ

に“自分”も加わったのです。

 

そもそもセルフヒーリング自体、自分へのご褒美というか、お礼のような気持ちで行っ

ていたので、だんだんとそれが、自分と向き合う大切な時間になっていったのだと思い

ます。

 

それまでは感謝の気持ちを自分に向けるなんて、思いつきもしなかったし、絶対にあり

得ませんでした。セルフヒーリングがきっかけとなって、自分自身と向き合う時間を持

つようになったのです。

 

 

●痛みが教えてくれたこと

 

だいぶ後になってから分かったことなのですが、私の頭痛は、起こるべくして起こって

いたんだなと感じます。その当時約20年の間、もちろん、こんな事思いもしませんでし

たが。

 

頭痛が起こっている時、それは私が嫌でも自分と向き合わされる時間でもありまし

た。しかし、それをずうっと鎮痛剤で紛らわし、避けてきました。

それでも私が“本来の私”と向き合える覚悟と準備が出来るまで、見捨てることなく信号

を送り続けてくれた身体=肉体。

 

決して私に罰を与えていたのでは無かった。それどころか、常に私の味方だったのです。

私が私自身と向き合うきっかけを作ってくれた肉体。自分自身との信頼を失いかけた私に

“本来の私”の存在を『痛み』という、その当時の私にとってはとてもわかり易い方法で

伝えてくれていたのです。

 

私にとって必要だったのは、都合の悪いもの(痛み)を取ってしまうこと

ではなく、それら(自分自身)と向き合うことだったのです。

 

そして、肉体が自らを持って教えてくれた通り、自分自身と向き合う準備ができたと同時

に頭痛から解放されたのです。

 

もちろん、ほんの小さな第一歩。だけれど私にとっては大きな大きな一歩でした。

 

 

●必要な学びを体験させてくれるヒーリング

 

この体験で得たものは、これだけではありませんでした。

ヒーリングは、決して、ただその時だけ気持ちが良くなったりするような、その場しのぎ

の物ではなかったという事実。

例え私自身が無意識であっても“本来の私”と向き合う事を望んでいるのであれば、知識と

してではなく、私が現実の世界で納得がいくまで、実体験で心も身体も実感できるように

必要な学びを『お取り置き』してくれることも同時に体験させてもらったのです。

 

 

●それから・・・

 

頭痛から解放された頃に、私はヒーリングセミナーの担当として、ある会社の

社長さんからスカウトされます。CADオペレーターを辞め、大勢の生徒さんの指導をする

事になりました。全く持って予期せぬ展開でしたが、ヒーリングが実際の職業になり、新た

な生活と学びの日々がやってくるのでした。(この辺の詳しい事はまた別の機会に♪)

 

あれから5年。当時の体験を今また見ていくと、当時よりもさらに深い気付きを得られます。

長い時間をかけて、体験して来たことがきちんと整理されて言葉になったりして、改めて私

自身の現在位置を確認する事ができますね。

 

 

●からだが導いてくれたこと

 

『からだ』はとてもわかり易い方法でメッセージを送ってくれていたんですね。それはまさ

に、私にとっては一番身近な尊い宇宙でありながらも、物質として存在している肉体

なせる技。

どれだけ精神性を高めようとしても、大切な自分の一部である肉体という存在に目を向ける

事が出来なければ、それは理想でしかなく、現実の世界で精神性を活かす事はできません。

極端に言えば、どれだけ精神修行をしようとも、肉体というフィルターが詰まっていては、

魂の声を純粋に聞くことは出来ないと思うのです。

それどころか、放っておけば私が体験したように、痛みやショッキングな出来事を伴ってし

か伝わらなくなってしまうのも今ならよく分かります。

 

だからと言って、痛い思いや苦労をしなければ、本来の自分や魂の声が聞けない訳ではないと

思っています。しっかりと本来の自分自身と向き合う決心をし、ごまかさず感じるままに行動

することを決めれば、自然と自分の内面だけでなく肉体にも意識が向いてくるはずだからです。

 

そして、等身大の自分と向き合い“精神世界”と“日常”を分離させずに、現実の世界でしっ

かりと地に足をつけて生きていければ、普段は忘れ去られてカチカチに凝り固まった肉体も、

「やっと思い出してくれましたか!」と、少しずつ心(肉体?)を開いてくれる事でしょう。

 

やはり、心と体は切り離す事は出来ませんよね。

 

私自身、あれから現在のヒーリングとヨガに出会い、まだまだ凝り固まった自分の肉体と向き

合う機会を持つことが出来ました。肉体へ意識を向けながら生活をすることで、さらに内なる

声が聞きやすくなったのは本当です。

そうなると、その時々に自分自身の中で、現実に生きる上でのバランスが崩れることがあれば

それなりに肉体が教えてくれます。

しかも、以前のように溜めに溜めた結果としての『超痛い思い』をしなくても、もっと優しい

かたちで信号をキャッチできるようになれたのです。

 

そして・・・この『肉体』に意識を向けるということによって

 

精神肉体のバランスと

インスピレーションの世界実際に行動することで実現していく世界

 

のバランスの大切さを肌でかんじる事が出来るようになりました。

 

アンバランスな精神と肉体(要は、精神性や神秘性を追って、現実離れしがちな状態)にはまら

ずに、ここまで自分との信頼を深める事が出来たのも、これまでの、

肉体を象徴とする現実を通しての体験があったからだと感じています。

 

 

 

「からだが導いてくれたこと」(完)

 

 

(後編)ホームページUP日 2000.11.19.  <イルカんち瓦版 掲載1999.10.25

               

   

 

ちょっとブレイク☆「ながーい文章になってしまいましたが、読んでくださって

ありがとうございました。既に沢山の反響があり、感謝の気持ちでいっぱいです。

今後も、ドキュメンタリーとして続々UP(できたらいいな^^;)の予定です。

今後もどうぞお楽しみに!」

 

 

 

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