皆様からのお便り

気付き&表現

 

何かに気付いたり、感動を受けた方々の表現は

またそこから人にも気付きや感動を与えることが出来ます

そんな想いで、このコーナーを作りました。

 

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 大阪府 yukio さん(ヒーリングを受けてくださった感想です)

 

「私は何か」という根源的な疑問の答え01.01.01

 

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6月に初めてヒーリングを受けてから半年がたって、2回目を受けま

した。なんだかとっても笑えるセッションで、すごく楽しかった。

でもすごく腑に落ちました。

 

私はすご〜く大きな虚無感があってそれは「自分が自分ではない感じ」

でした。何がしたいのか、何をしたらいいのか、全くわからない。自分

が誰かわからない。そういう気持ちがずっとありました。

自分が何者か、わからなくても別に気にならないなら、それは幸せな状

態だろうけれど、私は「わからない」ことに気がついてしまっていたの

ですね。それはもう非常に巨大で強烈な疼き、焦燥感、渇望でした。

「私は何か」というでっかい「?マーク」を追いかけることは大変なこ

とだったです。

 

そのためにたくさん間違いました。そしてそれは一番の近道でした。

そして12月に入った頃、「私は何か」ということの答えに辿りついた。

でも、たどりついたことに気づいてなかった。

今回のセッションは、もう既にたどりついているんだ、ってことを確認

させてもらったような感じでした。すごく、よかった。

 

1回目のヒーリングの時は、「?」という感じがわりとあって「まあ、時

間が経てばわかる」という印象でしたが、今になってテープを聞くと、

きれいな直線でもって2回目のセッションとつながっていました。

1回目は今の状態に至るためのセッションだったです。

私は、この半年間ほんとに自分を大切にしてきたのだなあと自画自賛しま

した。

 

「自分はなにをすべきか、天職はなにか」ということは非常に枝葉です。

アクセサリーです。ケーキでいうなら、イチゴとか柊の葉です。そこに

かまけてるヒマがもったいないです。スポンジがぜんぜん生焼けなのに、

あれこれデコレーションしたって、そんなケーキは食えねえよ!って状態

に変わりはない。そんな感じです。

「自分が何か」をわかっているならばそれを考えてよしという部分です。

自分が何者か、わからないまま「自分は何に向いているのだろう、何をす

べきだろう」なんて笑止千万です。

もし私の内臓たちが自分が心臓なのか腎臓なのかわからずに「何をすべき

だろう」なんて悩んでいたら私は死んでしまう。恐ろしい話です。

でも、現実には私たちはそういった状態で枝葉について悩んでいる。そら

地球もヤバくなるわな。内臓が機能していないのです。死んで当然だ。

そして内臓自身も死ぬ。

 

「自分が何か」わかっていれば「何をすべきか」はおのずと出てきます。

それは「自分がしたいこと」です。それは本能であり、腎臓がなんの疑問

もなく毒素をろ過するようなものです。そして体は健康を保つ。

神様から「与えられた使命」というものはありません。自分の中から沸き

上がるもの、それを「使命」と呼ぶならば「使命」はあります。

しかし、それはまっとうすることに苦痛や陶酔はなく、自分の欲求を満た

す満足感を伴うのみです。与えられた使命のための人生、誰か他人のため

の人生は、苦しい時、よりかかる場所を与えてくれるので楽です。それが

「神さまからの使命」ならばなおさらです。自分の外側にある人生を歩む

ことは甘美な陶酔を生むけれど、真の安寧と喜びを生むことはない。

 

本当に自分自身であること、これ自体には苦しみも葛藤ない。しかし、

本当の自分自身でいることは世間や他人との間に摩擦を生むことがあり、

そこに苦しみと葛藤がある。真実と偽りは出会うと化学反応を起こす。

ただそれだけのことです。

 

今回のセッションは本当に、いろ〜んなことを考えさせられました。

いろんなことを考えました。

ようやく「現実界で何をしていくか」を考えてもオッケーな状態になった

みたいです。どんな仕事に就くか、どんな場所に住むか、実はどうでも

いいことです。何をしてもいいんだもの。

肩書き、立場、職種、これらはすべてパーソナル・アクセサリーです。

腕時計は、腕にはめられて正確に時を刻めばそれでいい。それがブルガリ

だろうとグッチだろうとベルトが皮だろうと、その皮が鰐でもダチョウで

も、どうでもいいのです。

自分の好きなものを選べばいいのです。ただそれだけのことなのです。

 

この世界はシンプルだ。そう思います。

 

いろいろと吐き出したいことがたくさんあって、長くなるので、続きは自

分のホームページに書いていこうと思います。

 

とよちゃん、いつもどうもありがとう。とよちゃんのセッションは

「私は何か」という根源的な疑問を解く唯一の鍵でした。

他のたくさんの人々やモロモロは示唆であっても鍵ではなかった。

そんな感じです。

 

 

以上yukioさんより

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yukioさん、お便りありがとうございます。

本当に、楽しいセッションでしたね♪なぜか笑いあり、でもとっても

深い内容でしたね。

本当に良いタイミングで、ご自身の内なる声を逃さずに、2度目の

セッションに起こし頂いたという感じでしたね。

 

セッションの内容というのは、私自身、はっきり言ってやってみない

と分かりません。しかも、リーディングの場合、その人の叡智を通訳

するのであって、アドバイスとは違いますから、その瞬間には内容が

深すぎて普通には理解できない部分もあります。時としてクライアント

さん自身の中に「?」が残る事もあります。でも、それでも、ちゃん

と日常の中で、その人自身が少しずつ必要なことを体験していく事で、

また理解が深まるわけです。

 

yukioさんは今回それを確かめる良い時期を見逃さなかったんですね。

だから見事に一回目のリーディングとストレートに繋がりましたね。

「?」でさえも自分の一部であって、実は知っていた!という

ような感動の瞬間でもあります。

 

あらあら、何だか長くなってしまいましたが、ますますご自身との

繋がりを深めたyukioさんのお便り、とても興味深いですね!

yukioさん、どうもありがとう。

 

*このお便りは「体験レポート」「お便り」の両方にリンクしています

 

 

 

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